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2022.12.21
脂肪は炭水化物、たんぱく質と共にマクロ栄養素として身体の健康を保つのに重要な栄養素であるが、歴史的に脂肪は肥満の原因として摂りすぎないように言われてきた。それは人間が脂肪のおいしさに気付き、脂肪の多く入った食品をとりすぎるようになったために、肥満になる人が増えたからである。もちろん脂肪だけでなく、砂糖や炭水化物を多く摂取した場合や、毎日食べ過ぎてカロリーの摂取が過多の場合にも肥満になる。特に戦後は西洋社会が豊かになって、脂肪の多い肉や甘いもの、その他の食品を多く食べるようになったため肥満が社会問題となっている。特に、アメリカでは肥満の人が多くなり、最近の栄養調査では国民全体の41.9% が肥満症と言われ、黒人は49.9%、ヒスパニックは45.6% が肥満症と言われている。アメリカのアジア人の肥満症の人は16.1% と少ない。肥満症になると生活習慣病と言われる2型糖尿病や心臓病のリスクが高くなる。肥満症は最近ではアメリカだけでなく、世界的な問題となっている。
1900年代後半には、アメリカの食事ガイドラインでは脂肪の摂取をできるだけ減らし、総カロリーの20-30% にするように勧められていた。ダイエットの方法でも、脂肪摂取量をできるだけ抑えることで体重が減らせるといわれていた。この頃には低脂肪食品や無脂肪食品が多く販売された。アメリカでは以前からハンバーガーが最も多く食べられている食品である。ハンバーガーを世界で最も多く販売するMcDonald’sでは、1991年に低脂肪ハンバーガー “McLean” ハンバーガーを発売したが、余り消費者に受け入れられず、数年で市場から消えてなくなっている。またその他の多くの低脂肪食品も消費者に受け入れられずに市場から消えていった製品が多い。当時はすべての脂肪は健康には悪いというイメージがあったが、食品から脂肪を減らすと不味くなるため、消費者の多くは余り気にせず、結果としてさらに肥満症の人が増えた。ところが、科学的な研究が進むにつれて次第に脂肪にも身体にいい脂肪や悪い脂肪があるということわかってきており、脂肪に対する考えも変化してきた。最近では、より健康的な脂肪を適切量摂取することが勧められている。
一般的には身体に悪い脂肪は飽和脂肪、トランス脂肪などで、常温では固体で悪玉コレステロールと言われるLDLコレステロールのレベルを上げ、血管の壁にたまって心臓病のリスクを上げるといわれている。特にトランス脂肪酸は硬化油と呼ばれる部分水素添加した油脂に多く含まれており、多く摂取すると悪いコレステロールであるLDLコレステロールを増やし、心臓病のリスクを上げることが臨床実験などで示されており、科学者諮問員会が、仮に少量であっても摂取することは避けるべきであるという勧告をした。そのために、アメリカのFDAはトランス脂肪酸が含まれる部分水素添加した油脂を使用禁止とする規則を2015年に発表し、2018年から施行した。完全に水素添加し、トランス脂肪酸の入っていない飽和脂肪酸は禁止されていない。トランス脂肪酸は自然にも存在し、バターや牛肉、豚肉にも少量含まれている。身体にいい脂肪はモノ不飽和脂肪、多価不飽和脂肪で、1つまたはそれ以上の2重結合をもっており、常温では液体で、よいコレステロールと言われるHDLコレステロールを増やし、心臓病や脳血栓などのリスクを下げると言われている。特にオメガ‐3‐脂肪酸については多くの研究で、心臓病のリスクを下げる、子供の脳の発達に重要であるなど、その他の健康効果が示されている。こうした食品科学の進歩で様々な食用油脂の健康にたいする利益や害が次第に明らかにされてきており、一概に油脂としての摂取を制限するよりも、健康に良い油脂を適切量摂取することが勧められるようになった。現在でも油脂の健康への利益や害については研究が進められており、将来にはもっと油脂の健康への効果あるいは害が明らかにされていくであろう。
バターとマーガリン:バターは牛乳から作られる固形の油脂で、昔から西洋では多く使われてきた。バターの油脂組成は65%-66% がパルミチン酸、ステアリン酸、ミリスチン酸などの飽和脂肪酸で、26%-28% がモノ不飽和脂肪酸であるオレイン酸、パルミトレン酸などで、残りの約7% が多価不飽和脂肪酸(約4%)とトランス脂肪酸(約3%)である。トランス脂肪酸は普通の使用量(1サービング) (14g)では0.4g である。マーガリンは当初フランスでナポレオン軍のためにバターの代替として牛乳に牛脂を混ぜて作られた。その後さらに固形油脂であるコットン油脂やパーム油を混ぜたマーガリンが作り出された。1900年代に入って植物油脂に水素添加をすることによって工業的に硬化油脂が生産され、それを使った安価なマーガリンはバターに置き換わっていった。かつてアメリカではスプレッドと呼ばれてバターのコーナーには多くの製品が並んでいた。上に書いたように、トランス脂肪酸が含まれる部分水素添加した油脂が使用禁止されてからは、逆にバターの売上が伸びている。それはトランス脂肪酸が多く入っているスプレッドよりも、トランス脂肪酸はわずかに入っているが、使用量が適切であれば健康にはほとんど害がないのではないかという考え方から来ている。また、天然のトランス脂肪酸についてはその健康への効果あるいは害はわかっていない。
トランス脂肪酸が禁止されたためスプレッド製品に部分水素添加した脂肪は使えなくなったことから、最近では固形の植物油脂などを混合したスプレッド製品が販売されている。例えば、 “I can’t believe it’s not Butter!”(写真1)という変わった商品名のスプレッドは、以前は部分水素添加した大豆油が使われていたが、現在では、水、大豆油、パーム及びパーム核油、塩、大豆レシチン、天然フレーバー、酢、ビタミンA、ベータカロチン(色素)で作られている。
最近では植物油脂の中でも飽和脂肪酸の含有量が最も少ないキャノーラ油(菜種油)が、健康的な食用油として多く生産されている。カナダのキャノーラ油協会によると、キャノーラ油の飽和脂肪酸は7%で、オメガ‐9‐脂肪酸のオレイン酸が62%、オメガ‐3‐脂肪酸のアルファ・リノレン酸が9%、オメガ‐6‐脂肪酸のリノレン酸が19% と不飽和脂肪酸が多く、より健康的な食用油と考えられている。これを使った “Canola Harvest”(写真2)という名のスプレッド製品も出されている。これは、キャノーラ油、水、パーム及びパーム核油、塩、粉末ホエイ、植物性モノ・ジ・グリセライド、大豆レシチン、ソルビン酸カリウム(保存料)、クエン酸、合成フレーバー、ビタミンE、ビタミンA、ベータカロチン(色素)、ビタミンDを成分としている。
スプレッドでユニークな製品は、“Smart Balance”(写真3)という名の製品である。この製品はブランダイス大学の研究から生まれたもので、同大学は1995年に油脂の組み合わせで、HDLステロールを増やし、LDLコレステロールを減らすことができることを臨床実験で示し、それを事業化したものの1つが本製品である。現在はこのブランドはConAgra社が持っており、このブランドで数種類のスプレッド製品、ピーナッツバター製品、食用油脂製品を出している。スプレッド製品では “Smart Balance Original”, “Smart Balance Organic”, “Smart Balance Omega-3”, “Smart Balance Low Sodium”, “Smart Balance Extra Virgin Oilve Oil” を出している。“Smart Balance Original” の成分は、キャノーラ油、パーム油、オリーブ油、水、塩、亜麻仁油、モノグリセライド、天然および合成フレーバー、ヒマワリ・レシチン、ビタミンA、ビタミンD3、ベータカロチン(色素)、ソルビン酸カリウム、乳酸、カルシウム・2ナトリウム・EDTA(保存料)である。商品には “Supports Healthy Cholesterol Levels” と表示している。
食用油脂製品: アメリカ人は家庭で余り揚げ物をしないが、サラダのシーズニングやソテーで使用するので、結構食用油を使う。一方レストランでは揚げものが多いので、大量の食用油脂を使用している。ずいぶん前にはアメリカでポピュラーなフレンチフライはラードを使って揚げられていた。水素添加した油脂が販売されるようになると、ハンバーガー店などは、安くて安定性のいい部分水素添加した大豆油(ラードのフレーバーが添加されていた)を使用するようになり、揚げ油の主流になった。しかしトランス脂肪酸が禁止されると、種々の植物油や混合油が使用されるようになっている。家庭用ではコーン油、大豆油、キャノーラ油などの単一種類の油が主流であるが、(写真4)に示されるような、キャノーラ油、ヒマワリ油、大豆油を混ぜた “Cisco Blends”や、ピーナッツ油と大豆油を混ぜた “LouAna” ブランドの “Blend Southern Fry Oil”、更にはキャノーラ油、大豆油、オリーブ油を混ぜてオメガ‐3‐脂肪を多く含む “Smart Balance” などの混合油も出されている。最近では、健康にいいと言われている高オレイン酸の大豆油やキャノーラ油が開発されている。表1に示されているように、オリーブ油、キャノーラ油はもともとオレイン酸が多いが、キャノーラでさらにオレイン酸を高めたものや大豆(普通はオレイン酸は23%)やヒマワリの種(普通はオレイン酸は16%)でも同様にオレイン酸を多く含む品種が品種改良や遺伝子工学によって開発されており、多く工業用、家庭用に販売されている。高オレイン酸油脂は健康にもよく、また、フライする際に安定性がよく長持ちするので、その使用も増えている。遺伝子工学で改良した種子から生産された油脂には遺伝子工学食品のラベル表示義務はない。
例えば、工業用では、Cargill社は高オレイン酸のキャノーラ油と高オレイン酸のヒマワリ油を “Clear Valley” ブランドで出しており、Healthy Brands Oil社は高オレイン酸大豆油を “Frier Fuel Advantage” の商品名で、Restaurant Online社はキャノーラ油の揚げ油を“Canola Fry” の商品名で、Central Foods社は高オレイン酸のヒマワリ油を “Organic Sunflower Oil‐High Oleic Expeller Pressed”(写真5)の商品名でそれぞれ出している。
家庭用では、例えばKevala社の “Organic Sunflower Oil – High Oleic Expeller Pressed”という商品名の高オレイン酸ヒマワリ油や、 “Oleico” ブランドの “High Oleic Safflower Oil”という商品名のベニバナ油(写真6)が販売されている。ベニバナ油はオレイン酸を多く含む品種から搾油されたものが食用油として好まれている。
こうしたより健康な油脂への関心は、オリーブ油だけでなく、ピーナッツ油、アボカド油、グレープシード油、マスタード油などの特殊油の販売増につながっている(写真7)。オリーブ油は地中海地方では昔から使われており、オレイン酸が多く、抗酸化、抗炎症作用もあるとされており、観察的な研究で心臓病、ある種のガン、認知症などのリスクが低くなると示されている。ピーナッツ油は不飽和脂肪酸が多く含まれ、ビタミンEも豊富で、これも心臓の健康を増進し、血糖値を下げるともいわれている。これで揚げ物をすると非常にクリスピーに揚がる。アボカド油も最近健康的な油脂とされて販売されている。オレイン酸が多く、抗酸化剤のルテインが含まれており、コレステロールを下げるだけでなく、関節炎の症状を和らげるともいわれている。また皮膚の健康にもいいと言われている。グレープシード油は高熱で安定しているので、ソテーなどの高温での調理に向いている。ビタミンE も含まれている。マスタード油は辛味のある油で、スパイスを使う料理などに使われる。亜麻仁油は健康的な油として、サプリメントとして利用している人も多い。これにはオメガ‐3‐脂肪の一種であるアルファ・リノレン酸とオメガ‐6‐脂肪が多く含まれており、ある種のガンのリスク低下、関節炎の症状の緩和、心臓病のリスク低下などの種々な健康効能が云われている。ここには揚げていないがゴマ油も日本ではよく使われている健康的な油である。
さらにナッツから搾油したアーモンド油、ウオールナッツ油、カシューナッツ油、マカデミア油、ペカン油なども販売されている(写真8)。アーモンド油は、心臓の健康を保ち、体重コントロールにもいいと言われている。ウオールナッツ油は、オリーブ油よりも10倍くらいアルファ・リノレン酸が含まれており、健康的な油脂であるとされている。カシューナッツ油はインドの民間療法であるアユールベーダーで大昔から、関節炎、ニキビ、リューマチなど種々の病気の治療に使われている。コレステロールを下げる効果も言われている。マカデミアナッツ油もモノ不飽和脂肪酸が多く含まれており、心臓の健康にいいと言われている。ペカン油は90% が不飽和脂肪酸で、悪いコレステロールを下げる効果があると言われている。また高温での料理に適している。
食用油に対する考えは一昔前とはかなり変わってきており、油脂の中には健康に寄与するものがあるということが分かってきている。しかし、油脂の過剰摂取は健康を害する原因ともなるので注意をしなければならない。
©アメリカ食品産業研究会
著者:吉田隆夫プロフィールを見る
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