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2023.10.10
これまでマクロ栄養素として脂肪とプロテインについて講を重ねて来たが、マクロ栄養素としてはもう一つ炭水化物がある。炭水化物は最も多く食されているマクロ栄養素で、世界のほとんどの地域では穀類が主食として食べられている。世界で生産されている主要な炭水化物源はコーン(14億トン)、米(10億トン)、小麦(9億800万トン)、カッサバ(3億1,900万トン)、バナナ(1億3,700万トン)、バーレイ麦(1億4,700万トン)、スイートポテト(1億3,600万トン)、ヤム(7,500万トン)、ソーガム(6,400万トン)、プランタン(4,530万トン)、粟(3,300万トン)などである。最近のウクライナへのロシアの侵攻は、ヨーロッパの穀倉地帯と言われるウクライナでの穀類生産や、生産された穀類の他国への出荷に著しい支障をもたらし、その結果、世界の穀類価格が上昇し、開発途上国への穀類援助が止まるなどの様々な問題を引き起こしている。穀類は特に世界の食品市場では重要な食糧源なのである。
炭水化物は上述したように主に穀類、イモ類、プランタン、バナナから摂取されている。ところが、先進国では炭水化物の過剰摂取が健康問題として議論されている。これは小麦やコメの精製技術が発達し、穀類にもともと入っていた食物繊維やビタミン、ミネラルなどが取り除かれるようになってしまったことや、炭水化物である精製砂糖の摂取、アルコールの過剰摂取などがその背景要因となっている。そのために、生活習慣病として心臓病、2型糖尿病、高血圧などの患者が増えているのである。公益財団法人長寿科学振興財団の健康長寿ネットによると、炭水化物の適切な1日摂取量は、食事から摂取するエネルギーの50 – 65% に相当する量で、年齢や性別、活動量で異なるが、1日2,000キロカロリーのエネルギーが必要な人では、1日250g – 325g が望ましいとされている。人の脳は1日に120gものブドウ糖を消費するので、糖質が不足すると脳や神経への栄養が行かなくなり脳の機能が落ちて、判断力や注意力がなくなるので、健康を保つには炭水化物の適切な摂取が必要である。
炭水化物を適切量摂取することも大事であるが、どのような食品から炭水化物を摂取するかも健康を保つには重要なことである。先進国では肥満や肥満症が増え、生活習慣病が増えているために、食事の内容をより健康的にするために国が食事指針を出しており、また、様々なダイエット法が考えられて実践されている。アメリカではDietary Guideline for Americans(アメリカ国民の食事ガイドライン)を1980年以降、5年ごとに改定して出している。現在適用されているものは2020年に出されたもので、2025年にはまた新しいガイドラインが出される予定であり、現在、食品医薬管理局(FDA)と農務省(USDA)の協同の専門家委員会が関係者の意見も取り入れながら、その内容を検討しているところである。このガイドラインの中で示される指針は、以前は栄養素を中心としたものであったが、最近は食事全体のパターンを中心としたものへと変化して来ている。日本では文部省、厚生省(当時)と農林水産省が共同で、「食生活指針」というものを出して、国民に対して健康的な食生活のガイドラインを提示している。こうした取り組みの背景には、アメリカだけでなく、ヨーロッパや日本などの先進国でも生活習慣病が増えたことで、より健康的な生活をするためには食事を健康的なものにしなくてはならないとの認識が広がったことがあると考えられる。またこうした指針は食品市場にも大きな影響を与えている。
炭水化物は主食として食べられているので以前は余り注目されず、むしろ脂肪、コレステロール、食塩、砂糖、全体のカロリーなどの摂取を少なくするように言われたが、最近では炭水化物の摂取の仕方がより注目されるようになって来た。1970年代にアトキンス博士が体重を減らすための低炭水化物ダイエット法を提唱し、その効果が示された。このダイエット法では炭水化物の入った食品を極端にへらし、プロテインの多い食品や高脂肪の食品を制限なしで食べてダイエットをするというもので、確かに速く体重を減らすことができる。その当時、体重が減っても健康を害するのではないかということで、議論がされた。確かにこのダイエット法で体重を減らすことができ、また多くの研究でもそれが示された。しかし、脂肪の中でも飽和脂肪が体内コレステロールの量を上げ、心臓病のリスクを高めることが指摘されたが、これは個人差が大きいことも示されている。その後アトキンス・ダイエット法以外にも、種々の低炭水化物ダイエット法が考え出されて多くの人が行なうようになり、今日では最も多くの人が体重を減らすだけでなく、健康を維持するために実践しているダイエット法となっている。低炭水化物ダイエットは、主に炭水化物摂取量を50g以下にする極端なものと、炭水化物摂取量を130g 以下に減らす中度のもの、さらには推奨摂取量(250 – 325g)以下であれば良いとする、あるいは時々に炭水化物摂取量を減らす程度でも良いとする軽度の低炭水化物ダイエットに分けられる。極度に炭水化物の摂取を減らすと、身体の中でケトジェニックという反応が起こる。これはエネルギー源としての炭水化物が変換してできるグリコーゲンが欠乏し、身体はエネルギーを得るために脂肪を燃焼し始め、ケトンを生じるケトシスを起こす。そのために、体重が早く減るのである。アトキンス・ダイエットなど極度の低炭水化物ダイエット法(ケトジェニック・ダイエットあるいはケト・ダイエットとも呼ばれている)で体重を早く減らせるのはこのためである。こうした低炭水化物ダイエットが流行っていることから、食品市場では低炭水化物製品が多く出されている。
低炭水化物製品:アメリカの食品市場には、1990年代後半から2000年代の前半にかけて、非常に多くの低炭水化物ダイエット法が紹介されその名を冠したダイエット食品が次々に販売された。その後、低炭水化物ダイエットはすっかり定着し、多くの低炭水化物製品が一般的に販売されるようになった。アトキンス・ダイエットを考え出したアトキンス博士は亡くなったが、アトキンス・ダイエット用の食品を販売する会社は今でもAtkins Nutritionals社として、冷凍ミール食品、シェイク、バー、スナック製品など(写真1)を出している。現在出されている製品には、極端にプロテインと脂肪ばかりのものはなく、プロテイン量は多いが、同時に炭水化物も使われているものがほとんどである。包装の前面にはプロテイン、炭水化物、糖分量、食物繊維の量をハイライトして表示している。
炭水化物はアトキンス炭水化物として全炭水化物量から食物繊維とカロリーの少ない糖アルコールなどを差し引いた正味炭水化物量を計算して表示している。最近では健康食品メーカー以外の多くの一般の会社も低炭水化物製品を出している。例えば、General Millsはシリアル製品を多く出しているが、低炭水化物ダイエットをしている人のために “Wonderworks” ブランドを作り、そのブランドでケト・ダイエットのためのシリアル “Keto Friendly Cereal” を3種類出している。(写真2)はその一つ “Peanut Butter” である。これには1サービング(40g)中に、正味炭水化物が3g、プロテインが17g、総脂肪が6g、砂糖が1g含まれている。砂糖の代わりにエリスリトール、ステビアあるいはアルロースの混合を使っている。この製品の成分は、濃縮乳プロテイン、アルロース、ピーナッツ粉、エリスリトール、ピーナッツバター(ピーナッツ、塩)、単離ホエイプロテイン、イヌリン、パーム核油、パーム油、カノーラ油、米スターチ、大豆レシチン、天然フレーバー、ステビア・エキス、ビタミンE(保存料として)である。低炭水化物ダイエットでは、砂糖はカロリーがあるので、代わりにカロリーの少ない糖アルコールや、無カロリーの天然甘味料が使われている。これらは食物繊維と共に、正味炭水化物量(Net Carbohydrate)の計算からは除外される。
Conagra Brands社は “Healthy Choice”というブランド名で、より健康的なミール製品を出しているが、その中にケト・ダイエットをしている人でも使える “ZERO” (写真3)という製品があり、5種類のフレーバーが展開されている。このシリーズの製品では砂糖が使われておらず、正味炭水化物量はいずれも10g以下で、 “Sesame Chicken with Zoodles” に至っては5gである。Zoodlesは普通小麦で作るヌードルをカリフラワーで作ったヌードルに変えて炭水化物量を少なくしている。1サービング(26g)でカロリーが200、総脂肪が10g、プロテインは18gが含まれている。この製品は最近出されたもので、最近のアメリカの消費者は砂糖の摂取を減らそうとする人の増加が原因で無砂糖の製品が増えており、この製品もその一つである。
普通、炭水化物の塊のようなパン製品でも低炭水化物製品が出されている。Hero Lab社は正味炭水化物量ゼロの “Hero Classic White Bread”(写真4)をケト・ダイエット実践者のために出している。これは1サービンング(30g) で、砂糖は0g、食物繊維が11gで正味炭水化物量は0g、プロテインは5g、カロリーは45カロリー/スライス含まれており、100%植物ベースである。成分は、水、難消化性小麦スターチ、小麦プロテイン、カノーラ油、イースト、亜麻の種、(2%以下)リンゴ酢、塩、そら豆プロテイン、グアーガム、プロピオン酸カルシウムとソルビン酸(保存料)、酵素、アスコルビン酸、ヒマワリレシチンである。
自分でパンや焼き菓子を低炭水化物で作るための粉も売られている。例えば、Nodara社は “Carbalose” のブランドで、 “All-Purpose Low-Carb Flour” (写真5)を出している。この粉には、酵素を加えた小麦成分(高プロテイン小麦粉、小麦繊維、小麦プロテイン、活性小麦グルテン、小麦スターチ)、食物繊維(オーツ、大豆)、カノーラ油、塩、乳化剤、酵素、アスコルビン酸が成分として含まれている。1サービング(25g)当たりでは総炭水化物が14g、正味炭水化物が8g、脂肪が2g、プロテインが7g含まれている。普通の小麦粉では、25gには炭水化物は19g含まれている。これ以外にも、ナッツ類や豆の粉を使った小麦粉代替製品で低炭水化物製品が多く出されている。こうした製品の多くは同時にグルテンフリー製品でもある。スナック製品でも低炭水化物製品は多く出されている。前のコラム「たんぱく質と最近の食品市場」でも紹介したが、高プロテインのスナック製品は同時に低炭水化物製品であるものも多い。このように、通常は炭水化物の多い食品でも、低炭水化物にした製品はどの食品にでも出されているので、低炭水化物ダイエットをしようと思えば、いくらでもできる。
低炭水化物ダイエットの一つと考えられているパレオダイエットがニューヨークで考え出されて、最近の話題になっているようである。大昔の原始時代には現在のように生活習慣病である2型糖尿病や心蔵病、高血圧などはほとんどなかった。石器時代には人間はナッツや自然にある動植物をほぼそのままの形で食べていたのに対して、現代社会では精製した穀類や砂糖、加工した食品を多く食べるようになったためにそのような生活習慣病が増えたと考え、食事にはできるだけ昔と同じような食品を食べて健康になろうという考えに基づいて考案されたのがパレオダイエットである。したがって農耕が発達して食べられるようになった穀類も避ける食事法で、低炭水化物ダイエットの一部として考えられている。このダイエット法のための製品(写真6)も出されている。こうした加工食品をパレオダイエットに取り入れるのは少し基本的な考え方からずれているようであるが、原始時代の食事に戻ろうとしても、現代の食品市場では選択肢が限られているので、こうした製品が出てきているのである。
ミール・デリバリー製品:コロナのパンデミックが始まる前から、食事が簡単にできるように、特に夕食に必要な食材を調理しやすいように揃え、キット製品にして宅配でデリバリーするビジネスが伸びていた。Hello Fresh, Home Chef, Factor, Eat Chef, Green Chef、Blue Apron など多くの会社ができ、そのうちいくつかはスーパーマーケットのチェーンに買いとられたが、パンデミックでその需要も伸び、今でもデリバリービジネスは健在である。こうしたミールキット・デリバリーでは、ケト・ダイエット、パレオダイエットなどの特定のダイエットをしている人たちにもあったメニューを提供している。特にケト・ダイエットに合ったメニューはほとんどの会社が提供している。例えば、Green Chefのサイトではメニューを選択するときに、“Keto” と書かれた選択肢を押して選ぶと、ケト・ダイエットに合うメニューが選択できるようになっている(写真7)。
全粒穀類製品:主な炭水化物源である穀類の摂取について、精製された穀類については余り注意が払われていなかったが、2020年のアメリカの食事ガイドラインでは、始めて穀類の摂取の半分以上を全粒穀類にするように勧告がされた。そのために市場に全粒穀類製品(写真8)が多く出されるようになり、現在ではスーパーマーケットのパンが並んでいる棚のほぼ半分くらいに全粒穀類が含まれた製品が並んでおり、その他のスナック製品などでも全粒穀類を使った製品が多く出されている。この傾向はアメリカ国民の健康に栄養面で大きな影響を与えているのではないかと考えられる。全粒穀類は、食物繊維が多く含まれ、またミクロ栄養素も豊富に含まれているので、身体にはとても良い。
炭水化物はマクロ栄養素の中でも最も多く摂取されているもので、我々の生活のエネルギー源である。しかし、炭水化物源として摂取する食品の種類や量にも十分気を付けることが、健康を保つ一つの要因である。
炭水化物はマクロ栄養素の中でも最も多く摂取されているもので、我々の生活のエネルギー源である。しかし、炭水化物源として摂取する食品の種類や量にも十分気を付けることが、健康を保つ一つの要因である。
©アメリカ食品産業研究会
著者:吉田隆夫プロフィールを見る
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